アミスティス 〜armistice〜
著者:shauna


再び“刻の扉”を使って戻ってきたのはスペリオル宮殿。
そして、その中庭で2人の人物がゆっくりとカップを傾けていた。
シルフィリアとセレナ・・。
人工少女とエルフという異色の組み合わせの2人は何も語らずにただゆっくりと紅茶を口に運ぶ。
「話・・しないのかな・・・」
物影からちょっとだけ顔を覗かせてソワソワとそちらを見るのはミーティアとアリエスだった。
ミーティアにしてみれば姉が・・・アリエスにしてみれば恋人が心配でならない。そしてお互いに同じぐらい心配なのはお互いの心配している人物の話相手もだ。
「大丈夫。」
とアリエスが笑顔でミーティアの頭を撫でた。
「きっと上手くいくさ。きっと・・・・」


中庭で対峙する2人の女性。
片方は明らかな嫌悪を示し、もう片方は自身がエルフであることに罪悪感を覚える。
圧迫した緊張感の中、セレナは無理に微笑んだ。
「ごめんなさい・・・。」
「何がですか?」
「エルフのこと・・・・あなたを生みだしたのは間違いなく私達の業だから・・・・もちろん、許せとは言えないけど・・・・」
「別にあなたが謝ることはないでしょう。あなたがこうなるように仕組んだわけではありませんし、特に私もあなた個人を恨んでいるわけではありません。」
「でもエルフという存在は許せないんでしょ?」
「ええ・・何があろうと・・・」
空気は変わらない。だがそれでも2人は訥々と話を続けた。まるで形式的でもあるのだが、それでも先程よりも僅かに嫌悪感は消えた気がする。
「ミーティア=ラン=ディ=スペリオル・・・」
シルフィリアがほんのりと囁く。
「いい子ですね・・。」
「ええ・・自慢の妹よ。明るくって太陽みたいな子。ああ見えて結構強いの。昔、あの子が城下に出かけた時、こっそり後ろからついて行ったことがあったけど、その時、闘士と戦って、軽がる勝ってるのをみたことがあるから・・。それに、最近は魔術の研究もしてるみたい。界王(ワイズマン)について調べてるみたいだし・・・」
「界王ですか・・・・・」
「ラズライトそのものに繋がる研究だから・・・だいぶ大変みたい。でも、それがあの子の・・『魔道士』の仕事でもあるから・・・魔道士の仕事は世界の本質の探究だし・・。」
 「・・・・・・」
 「・・・・・・」
「セレナ様・・あなたは分かっているのでは?」
「え?」
名前を呼ばれたのといきなりの質問にセレナは動揺を隠せなかった。
「分かってる?何を?」
「『世界の本質』を・・・魔道士なら辿り着きたくてたまらない場所のことを・・・」
「『アヴァロン』のこと?」
「ええ・・聖本の中に必ず記されている、この世界のすべてを知ることができる島・・。魔術の根源があるとされるこの世の終点の島。私の最後の目的地。あなたはその所在地を知っているのではないですか?」
「買い被りすぎよ。私にしてみればむしろあなたの方が世界の本質に近い気がするわ。精霊はもちろん神すらも従わせる程の大魔道士・・・いえ、もしかしたら大賢者を超える存在なのかも・・・。」
「それこそ買い被りです。私は世界の本質には興味がありませんから・・。ただ今は静かに暮らせればそれでいいんです。」
「アリエス=ド=フィンハオランか・・・・」
愛おしそうにセレナがカップの中の紅茶を見つめた。
「『黒の剣聖』が一体あなたに何を与えたのかな?」
「私には平和など似合わぬと?」
「いいえ・・・そうじゃなくて・・何か楽しそう。それにあなたにもいい影響を与えてるみたい。昔のあなたなら例え誰に頼まれようとエルフとは話すらしたがらなかったから・・。」
「丸くなったとでも?」
「優しくなったわ。4年前にフロート公国の舞踏会で会った時とはまるで別人みたい。」
「そうですか?」
「ええ・・・」
「・・・・・」
「今はどこに住んでるの?やはりシード宮殿に?」
「いえ・・・リュシオンシティとホートタウンの間に居を構えています。」
「小さな家?」
「城ですよ。エーフェの皇宮から刻の扉を使ってレウルーラ離宮を移築しました。」
「レウルーラは元々王妃様があなたの為に宛がった城だから?」
「居心地がいいです。家具もすべて持ってきましたから。今はアリエス様と共に住んでます。」
「そう・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
セレナはちらりと自分の後ろに目をやった。
中庭を囲む廊下の石柱の間からオレンジ色のポニーテールだけがヒョコヒョコ見えている。あれで隠れてるつもりなのだろうか?
そして、そんなミーティアに対して堂々と目を瞑り、腕組みをしながら廊下に背を凭れている。特に美男子というわけでもないのに意外と絵になっているから不思議だ。
「いい殿方ですね・・。アリエス様は・・・」
「分かります?」
「ええ・・・変わっているとは思うけど・・彼はどのような方なのかしら?シルフィリア様が心を許すぐらいですから余程の人物でしょ?」
「ええ・・・大切にしてもらってます。平和な世界など私には似合わないと私は思っていました。でも、そんな私に彼が居場所をくれました。変わった人でしょう?名誉や自身の利益の為でなく、過去もどんな人間かも全部知った上で私のことを心の底から信頼してくれるんですよ。かつて『幻影の白孔雀』と呼ばれたこの私を。」
「『幻影の白孔雀』か・・・・・」
「彼女に戦場で出会ったら生きて帰って来られない。だから誰もその姿を見た者はいない。だから幻影。そして、人工的に作られなければ誕生しない綺麗な鳥・・それが『白孔雀』。私には似合いすぎる名前です。」
「そうかしら・・・」
「世界を平和にするだけの存在。私の方法で世界を平和にし、それを維持するだけの存在。私の存在する目的はそれぐらいですから・・。」
「人と関わろうとせず、ただただ世界を見守るだけの存在か・・・」
「私はそれでいいと思います。」
「気高くはないけど、誇りが無いわけではない。力はあるけど滅多に振るわない。穢れを知らぬわけでも、卑屈なわけでも、つまらないわけでもない。あらゆる事情を知りながら、それを語ろうとはしない。そんなあなたには
『純麗なる騎士姫』
とかそんな名前の方が似合う気がするけど・・。」
「買い被りですよ。あなたの目の前にいるのはただの親殺しで大量殺戮兵器です。それに私に言わせればあなたの方が不思議な存在です。」
「私が?」
「エルフなのに黒い髪。エルフは普通色素が薄いモノでしょう?それにエルフなのにあなたは文化を愛する。完全不変にして永遠を生きるあなた達エルフは文化など持つ必要は無いはずでしょう?」
「そうかな?」
「ええ・・・実はジュリオ様と同じようにハーフエルフだったりするんじゃないですか?」
「さあ、どうかしら?」
「私はあなたが嫌いですが・・・あなたへの興味は尽きませんよ。」
「私も同じ。あなたのことは大好きだし、それと同時にあなたへの罪滅ぼしを考えていく。エルフの一人・・・いえ・・代表として・・・」
「エルフの代表とは・・・・傲慢ですね。」
「よく言われる。」
2人は僅かに口元を綻ばせた。片方は明らかな嫌悪を示し、もう片方は自身がエルフであることに罪悪感を覚える。
しかし、そこには言葉だけで語れない複雑な感情がある。
相手を完全に嫌い切れていない・・・
むしろ、相手をもっと理解してみたい。そんな感情・・・・。
「ねえ、シルフィリア様。あなたは神様になりたいと思う?」
突然の質問だったが、シルフィリアは即答した。
「なりたくありません。」
「何故?」
「私はこの身体のせいで永遠という時を生きることになります。そして、それはあなたも同じコト。その中で私達が死ぬことがあるとすればたった2つの理由です。それは“肉体の損壊”かそれとも・・・」
「“生きることへの倦怠”か・・・」
セレナがフッと微笑んだ。
「神は何をせずとも不変にして不滅。それ故に文化だの技術だのなんて不必要つまり・・・・」
「滑稽な話です。」
シルフィリアまるで嘲笑うかのようにフッっと笑った。
「神は人間やエルフなんか比較にならない程何でもできる力を持ちながら、実際は何をしていいのかわからないんですよ。」
「そして、神様は私達のように生きるのに飽きて死ぬこともできない。ただただ退屈という時の中で永遠を過ごさなくてはならない。」
「これ以上の拷問があると思います?私にしてみれば煮えた油をかけられるよりも・・・溶けた銅を流し込まれるような苦痛よりも・・両親を武器として加工させられるよりも・・それは耐えがたい苦痛だと思います。故に私は神なんかにはなりたくありません。」
「私と同意見か・・・・」
セレナはそう言うと紅茶をすべて飲み干した。
「人間は面白いわね。非力で脆弱なくせに私達には思いもつかない可能性を持っている。」
「だからこそ、人間は素晴らしいと思います。」
「私も人間に生まれたかったのかも・・。」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「この後・・シルフィリア様はどうするの?」
「先程言った通りですよ。世界を平和にします。その為に今はその世界にふさわしい皇帝をさがしている処ですし・・・。」
「皇帝?」
「穢れを知らない。本当の意味で純粋な・・人としての心を持った人間。その人を王にしてエーフェを復活し・・・あとは先程の方法で世界を平和にします。」
「居るかしら・・そんな人間。」
「人は学びます。そして私達は永遠を生きる。その中でなら出会えるかもしれませんよ。そんな人間に。何百年か・・・それとも何千年後かわかりませんが・・・。永久という時の中に、必ず居る筈です。そんな人が・・・・」
「そうね・・・。」
紅茶を飲み終え、シルフィリアは席を立った。
セレナも一歩遅れて席を立つ。
「中々興味深い時間でした。」
「ありがとう。突き合ってくれて・・」
「ミーティア様の頼みですから・・・それではまた・・・」
「ええ・・また・・・」
何が“また”なのだろうとセレナが考える。また彼女と話すことがあるのだろうか?それとも今度は戦場で会いましょうという意味なのだろうか?しかしその答えは結局出なかった。アリエスを連れて段々と遠くなっていくシルフィリアの背中を見つめながらセレナは思う。
そういえば・・・・
「最後に一つだけ教えて・・・・」
せっかくだし、ずっと気になっていた質問をぶつけてみることにした。
「エーフェって・・・・今から4000年以上前に滅んだ国よね?」
「・・・・ええ・・」
「それで・・あなたは確かそのエーフェの終戦期の生まれだったおもうけど・・・・」
「そうですね・・。」
「時間が合わない気がするんだけど・・・。」
あの本を読んだ時から気になっていた。シルフィリアが生まれたのは4000年以上前のはずなのだ。なのに彼女は老いることもなくピンピンして生きている。
そして、それはアリエスにも言えることだ。
彼女はともかくとして彼は人間のはず・・・
一体・・・・。
「ねえ、シルフィリア様。あなたは一体いくつなの?」
「あなたにはいくつに見えますか?」
「・・・・・・」
シルフィリアはニヤリと笑った。
「18ですよ。それは変わらない事実です。」
「でも・・それじゃあ・・・・4000年間・・・あれ?」
頭の上に大量の?マークが浮かぶセレナをシルフィリアはただただ楽しそうに見つめる。
「そのうち教えてあげますよ。」
「歳は本当なの?」
「ええ・・・」
「・・・・そっか。アリガト。」
「では・・・・」
シルフィリアは再び背を向けてゆっくりと歩き始めた。
彼女達の背中が完全に見えなくなった所でセレナもゆっくりと歩を進めた。
石柱の陰まで歩いていき、その後ろを覗き込む。
オレンジ色の引き立て役は・・・
スースーと寝息を立てながら柱に凭れかかって眠っていた。
「ありがとう・・ミーティア。」
そう呟いてセレナはミーティアをお姫様抱っこして部屋のベッドに連れていく。
そしてミーティアを寝かしつけた所で・・・
自分も疲れきって倒れこんだ。
ミーティアの体の上に覆いかぶさるようにしてセレナもまた眠りにつく。
太陽はすでに高い空にあった。



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